貴族も詣でた舞台造りの本堂も見事な花の寺「第八番札所 豊山 長谷寺」

●宗派:真言宗豊山派(総本山)
●御本尊:十一面観世音菩薩
●開基:得道上人
●創建:朱鳥元年(686年)

《概要》
初瀬山に堂宇を連ねる長谷寺は、全国に末寺三千余ケ寺といわれる真言宗豊山派の総本山で、寺は別名「花の御寺」といわれており、春に見ごろとなる有名なボタンをはじめ、しだれ桜、アジサイ、紅葉、寒ボタン・冬ボタンなど四季折々の花を楽しむことが出来ます。

寺の創建は朱鳥(あかみどり)元年(686年)、飛鳥・川原寺の僧・道明上人が天武天皇の病気平癒を祈願して、銅板法華説相図(ほっけせっそうず)《千仏多宝仏塔》を西の丘(現在の五重塔付近)に安置したのが起こりといわれており、これを元長谷寺と呼んでいます。

のち神亀4年(727年)徳道(とくどう)上人が、聖武天皇の勅願で寺院の建立を発願し、東の岡(現在の本堂付近)に十一面観世音菩薩を祀ったものを、後長谷寺といい、現在の長谷寺の次始まりになったといわれています。

平安時代には官寺に準ずる定額寺に列せられ、また現世利益を祈願する観音信仰の高まりにともなって、都の貴族の間に初瀬詣が大いに流行しました。

土産物屋などが軒を連ねる賑やかな門前町から石段を上ると、後陽成天皇の御宸筆の額を掲げ、明治18年(1885年)に再建され、参詣者を迎えている豪壮な仁王門があります。

門を潜るとすぐにゆるやかに二度折れ曲がって本堂へ続く登廊(のぼりろう)【重要文化財】が延びており、長さ百八間、399段の回廊には長谷型釣灯籠が2間おきに吊るされ趣があり花の季節には両側に植えられた7000株ものボタンが咲き乱れます。

登廊を上り詰めたところには「尾上の鐘」があり、その横に巨大な本堂【国宝】がそびえたち、建物は正堂と礼堂からなって、正堂は正面9間、側面4間、裳階付入母屋造りです。

また礼堂(外陣)は正面9間、側面5間の入母屋造りで、共に本瓦葺き、南側に懸造の舞台を持ち、古建築では東大寺大仏殿、金峯山寺王道に次ぐ大建造物といわれています。

本堂の中に祀られている本尊の木造十一面観世音菩薩立像【重要文化財】は、像高10m余の我が国最大の木造仏です。

その姿は、右手に錫杖、左手に蓮華を挿した水瓶を持って、大盤石に立つ特別な姿で、観音菩薩の徳と慈悲深さを示しているといわれ、参拝者のひたむきな祈りを受け止めてきた、まさに長谷寺の命といえます。

本堂から道を西へ下っていくと、明治9年(1876年)に雷火で焼失した三重塔に代わって、昭和29年に建立されたまだ朱塗りが鮮やかな五重塔をはじめ、諸堂が浮かぶように立ち並び、見事な景観となっています。

《参詣ガイド》
高台にある近鉄長谷寺駅から急な階段を下り、国道165号を横断して、初瀬川を渡ってから、道の突き当りを右折して参道に入れば、長谷名物の草餅を売る店や旅館がにぎやかに立ち並んでいます。

この門前町の通りを行けば、自ずと仁王門にたどり着き、さらに長谷山の中腹に位置する本堂へは、さらに両脇に名高いボタンが咲き誇る登廊のゆるやかない石段を上っていきます。